イギリスの経済について考察したのは、アダム・スミス(以下、スミスと称します)が有名です。現代では数理的な手法を取り入れた経済学が知られていますが、スミスが広めたのは道徳に基づく経済思想でした。
経済とは経世済民のことであり、「世を治め、人民を救う」という意味です。スミスが目指したのも、社会全体を豊かにすることでした。
本記事では、時代背景を考慮しながら、イギリスの経済思想がどのように変化したのかを追っていきたいと思います。

18世紀〜アダム・スミスの時代〜

時代背景

スミスは1723年にスコットランドで生まれました。隣接していた当時のイングランドは、外国との戦争で多くの植民地を獲得し、国内に多くの金銀を流入させていた強国でした。一方で、強国であり続けるために戦争を続けると軍事費がかさみ、その負担は植民地が課税によって負うことになります。当然、植民地は反発します。実際、1776年にはイギリスの植民地であったアメリカ東部13州が独立しました。

スミスの疑問と主張

そのような時代で、スミスは他国の支配が国の富になるのか?という疑問を抱きます。
そして、豊かな国とは、他国から金銀を稼いでいる国ではなく、国内で勤勉に働く人々によって、自分たちの暮らしを豊かにする財・サービスを生み出せる国
であると主張しました。

労働生産性の向上が国を豊かにする

労働によって多くの財・サービスを生産するためには、労働生産性を向上させる必要があります。スミスは、一人一人が得意な作業に専念すること、すなわち「分業」によって労働生産性は向上すると考えました。

労働の努力が公正に評価されるために

分業することによって生産性は上がりますが、自分が生産しない財・サービスは他者から買わなければなりません。しかし、自分がある物(Aとする)を努力して生産したにも関わらず、他者が努力を怠って生産した物(Bとする)を高く売りつけられたら割に合いません。このような状況を防ぐために、自由競争が必要だとスミスは考えました。Bが不当に高く売られていれば、もっと安くBを供給する人が市場に現れます。不当に儲けようとする生産者は市場に残れず、結果として個々人の努力が公正な価格で取引されるという考えです。

資本の格差を解消する「見えざる手」

ところで、労働以外にもお金を稼ぐ方法はあります。例えば、お金持ちは儲かる産業に投資をすれば、自分が労働をしなくても利益を得ることができます。広い土地を持っている人も、土地を貸せば地代を得ることができます。
これでは、懸命に努力して働く労働者よりも、お金や土地を持った富裕層しか得をしないように思えます。しかし、スミスは労働者にも得はあると考えます。
お金持ちが利益を得るためには、需要が大きい産業に投資する必要があります。すると、庶民にとって需要が大きい財・サービスが多く生産され、多くの人が消費します。結果的に、社会全体が豊かになります。お金持ちが自分の利益を高めようとすれば、社会全体も豊かになるということです。これが有名な「見えざる手」による作用です。ちなみに、スミスが表現した「見えざる手」には、「神の」という修飾はされていません。

スミスが必要と考えた道徳的条件

これまでの説明では、お金持ちが自分の利益を追求することは結果的に社会全体に良いことになります。しかし、事業経営者が労働者を低賃金でこき使うのは、明らかに不公平です。そのため、自分の利益を追求するためとはいえ、他者にまったく配慮しないのは限度を超えた考えであり、スミスは否定します。そこで、スミスは次の3つの「道徳的条件」を提示しました。

  1. 自由競争市場がフェア・プレイに則った競争の場であること、特に資本を動かす人間がフェア・プレイを意識する人間であること
  2. 資産を事業に活用するのではなく、貸し出して利益(利子・地代)を得ようとする場合、その行動が資産をよい用途に向けていく助けになり、全体の富裕化を促進すること
  3. 強者が弱者を支配せず、相互利益の関係を結び、弱者の側の能力も活かされること
「はじめての経済思想史 アダム・スミスから現代まで 中村隆之(著)」 より引用

スミスは自由競争を良いものと考えたので、自由主義者と言えます。しかし、この3つの道徳的条件が大前提であることが重要です

19世紀〜労働者階級の貧困が問題に〜

労働者「階級」の誕生

産業革命によって工業化が進むにつれて、雇う側(オーナー)と雇われる側(労働者)にはっきりと二分化するようになりました。小規模な工房であれば職人が技術を身につけて独立することもできますが、大規模な設備が必要な工業になると、独立して工場を持つことは難しいです。そのため、労働者がオーナーになることはできず、両者は別の階級とみなされるようになります。

低賃金・長時間労働の増加

労働者とオーナーが別の階級とみなされるようになると、両者の心理的な距離に隔たりができます。オーナーは自分の利益を優先して考え、労働者を低賃金で長時間働かせるようになっていきました。
19世紀前半のイギリスの実態は、10才以下の児童ですら1日15時間も働かされるというものでした。さすがに政府は児童の労働時間に上限を設ける法律を施行し、工場監督官が置かれるようになりました(それでも、9〜13才の子どもの労働時間の上限は、週48時間でした)。また、成年男子の労働時間については長らく規制もされなかったようです。
さらに、それだけ働いても生活を支えるほどの賃金はもらえず、劣悪な衛生環境で生活しなければならない労働者が増えていきました。

スミスの道徳的条件の破れ

スミスが提示した道徳的条件は次の3つであった。

  1. 自由競争市場がフェア・プレイに則った競争の場であること、特に資本を動かす人間がフェア・プレイを意識する人間であること
  2. 資産を事業に活用するのではなく、貸し出して利益(利子・地代)を得ようとする場合、その行動が資産をよい用途に向けていく助けになり、全体の富裕化を促進すること
  3. 強者が弱者を支配せず、相互利益の関係を結び、弱者の側の能力も活かされること
「はじめての経済思想史 アダム・スミスから現代まで 中村隆之(著)」 より引用

労働者階級の貧困が問題になった19世紀のイギリスは、条件1,3が満たされていませんでした。労働者に支払われる賃金はフェアな金額より低く、強者であるオーナーが労働者を支配していました。

ミルの主張

1806年にロンドンに生まれたジョン・スチュアート・ミルは、スミスの思想が貧困にも対応できるようになるにはどうすればよいかを考えた人でした。ミルは、一人一人に個性を発揮する自由があり、多くの人に能力を伸ばす機会が与えられるべきと考えていました
ミルは、経営者がコストをかけてでも労働環境を改善し、労働者の能力を伸ばす手助けをすれば、労働者が自発的に会社に貢献するようになると主張しました。スミスの道徳的条件に照らし合わせると、経営者が労働者を支配することなく、フェアな賃金を支払えば、労働者は自発的に生産性を高めるようになる、ということです。

マーシャルの主張

1842年にロンドン郊外に生まれたアルフレッド・マーシャルも、ミルと同じく貧困の課題を引き継いで考えました。
マーシャルは、生産性を高めるためには労働・資本・土地に加えて、「組織の成長」が重要であると主張しました。つまり、労働者が機械のように単純に作業をこなすだけではなく、創造性を発揮して新たな技術を開発すはることを重要視しました。創造性を発揮することで「活気」が生まれ、他企業も負けじと生産性を向上するようになり、成長の好循環が生まれます。
成長の好循環を生むためには、事業経営者が目先の利益に囚われずに積極的な投資を行うべきだと、マーシャルは考えました。
また、組織をよい方向に成長させる経営者は社会から尊敬され、然るべき報酬を受けるべきだとも考えました。そのためには、自由競争が妨げられないように政府がアンフェアな独占を禁止し、経営者を評価するために必要な情報公開を促進する必要があります。
なお、マーシャルは今日も使われている需給均衡図などの分析ツールも生み出しています。

20世紀〜金融の発展と世界大戦〜

産業大国から金融大国へ

19世紀末には、イギリスの工業力はアメリカに抜かれました。一方、イギリスは金融大国になっており、富裕層や中産階級の人々は、海外投資をして貯蓄を増やしていました。

戦争と恐慌による疲弊

1914年、第一次世界大戦が勃発します。イギリスは軍事費を調達するためにアメリカから多額の借金をすることになりました。イギリスは戦争に勝ち、借金を返済するために敗戦国のドイツに多額の賠償金を要求しました。この賠償金は、戦前のドイツのGDPの約3倍(!)だったそうです。
また、1920年代にイギリスの失業率は10%になり、1929年には世界大恐慌の影響も受け、不況が続いていました。

ケインズの問題意識

1883年にケンブリッジに生まれたジョン・メイナード・ケインズは、イギリスのこのような状況を見ながら育ちました。第一次世界大戦中は大蔵省に勤務しており、戦争がアメリカからの莫大な借金によって成り立っていることを知ります。
また、当時のイギリスで美徳とされていた金融でのお金儲けが、社会全体の富をもたらすのか疑問を抱いていました。金融資産を重視するよりも、産業によって実物的な資産を生み出すことが大事ではないのかと考えたようです。

スミスの道徳的条件の破れ

スミスが提示した道徳的条件を改めて確認してみます。

  1. 自由競争市場がフェア・プレイに則った競争の場であること、特に資本を動かす人間がフェア・プレイを意識する人間であること
  2. 資産を事業に活用するのではなく、貸し出して利益(利子・地代)を得ようとする場合、その行動が資産をよい用途に向けていく助けになり、全体の富裕化を促進すること
  3. 強者が弱者を支配せず、相互利益の関係を結び、弱者の側の能力も活かされること
「はじめての経済思想史 アダム・スミスから現代まで 中村隆之(著)」 より引用

ケインズは、金融資産がもてはやされていることに疑問を抱きました。スミスの道徳的条件に照らし合わせると、稼いだ利益を「貯蓄する」ことは全体の富裕化を促進する行動にはならず、2番目の条件に反するのではないか?ということになります。

ケインズが重要視した概念

スミスの時代に想定されていた投資家は、おもに労働者を雇う事業経営者自身でした。しかし、金融市場が発展すると、事業に直接関わらない株主が投資家になります。すると、事業が生み出す財・サービスの重要性よりも、短期的な利益が出やすい事業に投資する株主が現れます。さらに、人気のない株式は価値が下がるため、自分だけがよいと思う事業に投資するよりも、多くの人が投資している事業に投資するようになります。このように、投資家が事業内容を深く理解しないまま自身の利益を追求した場合、「見えざる手」は正しく機能しなくなります。ケインズは、これを「金融の不確実性」として重要視しましたが、理論に組み込むのが難しいために継承者には引き継がれなかったようです。
また、ケインズは「有効需要」(実際にどれだけ売れるか)によって経済活動の規模(GDP)が左右されると考えました(「有効」需要というのは実際に消費に繋がる需要のことなので、例えば「月が欲しい」というのは有効需要になりません)。ある財の有効需要が低ければ、その財を生産しても利益が出ないため生産量が減ります。生産量が減れば必要な労働力も減るため、余分な労働者は解雇されます。このように、有効需要が減ると失業者が増えてしまい、経済活動は停滞します。そこでケインズは、有効需要が低くなってしまった場合は、政府が公共インフラ整備などの「需要」を創出し、生産量を増やすことが重要だと考えました。
なお、ケインズは社会全体の経済を考えるための指標として、今日も使われている国民所得やGDPといった指標の計算方法を整備したそうです。

記事を書いて思ったこと

経済学を知る前に経済思想を持つことが大事

「経済学」は理論を体系化したものであり、書籍を読んでも「思想」が書かれていません。私自身、マクロ経済学などの参考書で勉強したことがありますが、書かれていたのは理論的な仕組みでした。あたかもGDPなどの経済指標などの情報が手元にあれば予測ができるような印象を受けましたが、スミスが提唱した「道徳的条件」に対する配慮は重要視されていませんでした。
日銀の量的緩和や株価の下落、年金問題などが過度にクローズアップされると、経済の金融面だけが心配になってしまいがちです。しかし、かつてのイギリスのように金融面で豊かになれたとしても、私たちが求める「豊かさ」を手に入れられるとは限りません。以前、ダム建設がお金の無駄という風潮もありましたが、ダム建設によって下流の洪水から住民の命を守れるのであれば、安全な(ある意味で豊かな)暮らしに繋がると思います。「世を治め、人民を救う」ための思想をまず考え、その実現のためにどうすればよいかを考える必要があります。有権者の1人として、自分が求める「豊かさ」を意識しながら、政治を考えられるようになりたいです。

経世済民の方法は国や時代によって様々

アダム・スミスの道徳的条件には、現代でも共感できる人が多いと思います。自由競争をよしとしたスミスの考えも、当時の社会を想定すれば自然なものである印象を受けました。ケインズが指摘したように、事業経営から離れている株主が増えれば「見えざる手」は正しく機能しませんが、スミスの考えが「誤り」であるということにはなりません。社会が変化して想定外の状況が生まれたために、適合しなくなっただけです。
20世紀後半には、やはりスミスの時代には想定外であったオイルショックや、不動産バブル崩壊などを、私たちは経験しました。スミスを始めとする経済思想家達が「本当の豊かさ」を見つめ直したように、私たちも今の時代における「本当の豊かさ」を考える必要があります。
時代だけでなく、国によっても「豊かさ」の要素は違います。例えば、災害が起きても安心して暮らせることも豊かな生活につながりますが、災害が少ない国ではあまり重要な指標にはならないからです。豊かに見える外国の経済政策をそのまま賞賛するのではなく、自分にとっての豊かさには役立つのかを考えるようにしたいです。

参考図書

本記事でも引用しましたが、経済学史を知る上で次の書籍がとても参考になりました。