日本が見てきた寄生虫

最近、寄生虫に詳しい方から話を聞く機会があり、関連書籍などで調べてみました。
私の身近には寄生虫に感染した人はいませんが、昭和までは日本でもよく知られていたようです。

日本での認識

寄生虫の存在は昔から知られていたようですが、感染するものだと認識され始めたのは幕末以降のようです。西洋医学の知見から得たものだと思われます。
日本でも寄生虫の研究は行われており、1904年には病理学者の桂田富士郎が、世界で初めて住血吸虫体(寄生虫の一種)を発見しています。

昭和初期の感染率

昭和初期(1925年頃)に全国各地で検便検査が実施され、およそ85万人の検査総数のうち70%以上の糞便に虫卵(寄生虫の卵)が確認されたそうです。
1931年には寄生虫予防法が制定され、職場などを中心とした定期的な検便と駆虫が進められました。これにより感染率は減少に向かいましたが、1945年に終戦した頃には衛生環境の悪化により感染率が再び増加してしまいました。

戦後の日本政府の対応

寄生虫研究の体制整備

1953年、文部省(当時)は医学部医学科の必修科目に寄生虫学を加え、寄生虫症の研究を推進しました。
また、厚生省(当時)は国立予防衛生研究所(現感染症研究所)を設立し、日本寄生虫予防会が設立されました。

ノミ、シラミの駆除

ノミやシラミも寄生虫の一種です(サナダ虫のように体内に寄生する生物を内部寄生虫と呼び、シラミのように体表に寄生する生物を外部寄生虫と呼びます)。戦後の不潔な集団生活によって蔓延していました。
戦後に米軍が持ち込んだDDTと言う殺虫剤を直接人体に噴きかける方法が全国的に行われ、これらの害虫による被害は激減したようです。

学校での集団検査と集団駆虫

腸内の寄生虫に対しては、1958年に制定された学校保険法に基づき、児童の集団検査が実施されました。ギョウ虫検査がこれに該当します(私も小学生の頃にやりました)。

衛生教育の普及

上記の対策による駆除に加えて、感染を防ぐための衛生教育も広められました。具体的には、次のようなものです。

  1. 糞便肥料から化学肥料への転換
  2. し尿の適切な処理(下水道の整備)
  3. 水路のコンクリート化(寄生虫が生息できる土壌から分離する)

途上国への支援

駆虫と衛生教育によって国内の感染率は減少しました。これを受けて、1995年には寄生虫予防法が廃止されました。ギョウ虫検査も2015年を最後に廃止されています(感染率が高めの地域では引き続き実施されているようです)。
戦後の劣悪な環境から脱した経験を受けて、途上国に対して寄生虫対策の重要性を発信するようになります。1998年に当時の橋下首相がイギリスでのG8サミットにて呼びかけ(橋本イニシアチブ)、アジアやアフリカに国際寄生虫対策センターが設立されていきました。

近年の寄生虫感染

衛生環境の改善によって感染率が下がっていましたが、近年になって再び感染者が見られるようになっています(戦後ほどではないですが)。主な要因は次の通りです。

魚介類の生食の増加

今では刺身や寿司といった魚介類の生食は当たり前ですが、高度成長期を経て物流が発展したことによって全国に広まったようです。魚介類の生食によるアニサキスの感染者が、近年増加しています。厚生労働省では事業者に対して、-20度で24時間以上冷凍するか、70度以上での加熱をするように呼びかけています。

ペットの普及

回虫などの寄生虫は、犬や猫などのペットにも寄生します。また、ノミやシラミのような外部寄生虫も体毛に感染しやすいです。ペットが触れたカーペットなどを触った飼い主が、おにぎりなどを食べると経口感染してしまいます。

ジビエ料理

シカやイノシシの体内にも寄生虫は存在します。寄生虫は腸や内臓だけでなく、筋肉に寄生する種類もいますので、内臓の除去だけでは不十分です。営業許可を取得した食肉処理施設で加工された食肉を、十分に加熱調理していれば心配ないと思います。

有機肥料で育てた野菜の生食

糞便による有機肥料で育てた野菜は、生食すると寄生虫に感染する恐れがあります。肥料を十分発酵させれば熱で駆虫できるようですが、処理が不十分な場合は表面近くの虫卵が残ってしまいます。寄生虫対策がされていなかった昔ながらの有機農業に比べると、近年の有機農業は品質管理の手間が結構かかっていそうです。

近年の日本人研究者の功績

1974年に、静岡県内の土壌に含まれる微生物から、新種の化合物(エバーメクチン)が発見されました。エバーメクチンには、線虫類の寄生虫などの神経に作用して殺虫する効果がありますが、哺乳類の中枢神経にはあまり作用しないようでした。哺乳類への影響をさらに抑えるように有機合成などが試され、イベルメクチンと呼ばれる化合物が開発されました。
イベルメクチンは、当初ウシなどの動物に対する寄生虫駆除に使用されましたが、ヒトのオンコセルカ症(寄生虫による感染症で、失明などを引き起こす)にも有効であることがわかりました。イベルメクチンは、1988年からアフリカ南部で無償提供されるようになり、寄生虫の感染者数が激減したようです。
イベルメクチンの開発に携わった大村智博士は、2015年にノーベル生理学医学賞を受賞しました。

おわりに

昭和時代に日本政府が取り組んだ寄生虫対策について、初めて知ることがほとんどでした。
最近では感染が少なくなったものの、寄生虫がいなくなったわけではないので、衛生教育の内容は忘れないようにしたいです。手洗いは大事です。
ちなみに、目黒には寄生虫を専門に扱う研究博物館があります。規模はそこまで大きくなさそうですが、日本での寄生虫研究の内容がよくわかりそうなので、そのうち行ってみたいです。Googleのレビューもかなり高評価です。

また、寄生虫について学ぶ上で、下記の書籍がわかりやすかったです。こちらの書籍の著者も、目黒寄生虫館をおすすめしています。

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